[2008年12月25日(VOL.41 NO.52)p.08]

特別企画

日本のエビデンスを求めて

循環器専門医による最新の研究と今後の展望

小室 一成 氏 北風 政史 氏
小室 一成 北風 政史
大屋 祐輔 氏 室原 豊明 氏 松原 弘明 氏 筒井 裕之 氏
大屋 祐輔 室原 豊明 松原 弘明 筒井 裕之

 日本人の循環器疾患におけるevidence based medicineの確立を目指して,現在,わが国ではさまざまな登録観察研究,大規模臨床試験が進行している。本座談会では,日本におけるevidence based medicine確立のために大きな牽引力を発揮している専門家の方々にお集まりいただき,日本のエビデンスを求める動きをご紹介いただいた。

小室 一成 氏(司会) 千葉大学大学院医学研究院循環病態医科学 教授
北風 政史 氏(司会) 国立循環器病センター心臓血管内科部門 部長
大屋 祐輔 氏 琉球大学医学部循環系総合内科学 准教授
室原 豊明 氏 名古屋大学大学院医学系研究科循環器内科学 教授
松原 弘明 氏 京都府立医科大学大学院医学研究科循環器内科学 教授
筒井 裕之 氏 北海道大学大学院医学研究科循環病態内科学 教授
(発言順)

沖縄からの報告(問題が多い50歳代)

小室 本日は,わが国におけるevidence based medicineの確立を目指してご活躍の先生方にお集まりいただきました。

北風 ご出席の先生方が携わっておられる登録研究や臨床試験などについてご紹介いただきたいと思います。

小室 沖縄では,詳細な疫学データを収集する一方,沖縄野菜などを中心にした食事の血圧や脂質に与える影響の調査なども行われています。その推進に力を注いでいる大屋先生から,まずお話しいただきたいと思います。

図1

大屋 厚生労働省の2005年調査の最新データでは,沖縄男性の寿命は全国で25位,女性は1位という結果でした。男性は2000年の26位からワンランク回復しましたが,長寿を誇っていた時代は過去のものになってしまいました。われわれは宮古島(人口約5.5万人)で疫学調査を行っているのですが,かつては多かった脳出血が減って,最近,脳梗塞が増えてきました。問題なのは1945年から1955年生まれの,現在50歳代の方々の初発脳梗塞の頻度が高いということです(図1)。全島調査で発症者を登録しており,ほぼ全員がCTやMRIで脳梗塞を確認しています。この50歳代の方々で特徴的なことは,血糖上昇,肥満,HDLコレステロール低下などです。なお,血圧は降圧療法のために低下しています。脂肪摂取量の年次推移を調査したところ,沖縄県では1960〜70年頃に急激に増加していることがわかりました。日本全国では1980年代に,全エネルギーに占める脂肪摂取量が25%を超えました。しかし沖縄では,米国がもたらしたファーストフードなどの影響により,既に1970年代に25%を超えていたのです。米国からの牛肉の輸入量なども1970年代に爆発的に増えています。つまり,現在の50歳代の方々は,ちょうど学童期の頃にそうした食生活の変化をダイレクトに受け,それが悪影響を及ぼしたのではないかと考えられます。

小室 沖縄でファーストフードの店がオープンしたのはいつ頃なのですか。

大屋 屋宜原というところで,1963年に初めてオープンしたそうです。ちょうど米軍キャンプのど真ん中でした。

北風 子供の頃の食生活が,大人になってからいかに大きな影響を与えるかということですね。

大屋 沖縄では,太っているのは健康的でよいという考えがまだ残っていることも問題です。また,暑いので全国平均に比べると,1日の平均歩行数が500〜1,000歩は少ないと言われています。

北風 血中HDLコレステロールレベルが低いのはなぜですか?

大屋 やはりメタボリック・シンドロームのためだと思います。今,糖尿病の罹患率など詳しいデータをまとめている最中です。

小室 住民の方々に対する健康教育が必要ですね。

大屋 今,宮古島の医師会では熱心に取り組みを始められています。

対象(2型糖尿病/IGT)NAGOYA HEART Study

北風 続いて,バルサルタンを使って進行中のわが国の大規模臨床試験に焦点を当てたいと思います。まず,室原先生,NAGOYA HEART Studyについてお願いします。

図2

室原 NAGOYA HEART Study(名古屋大学関連病院多施設臨床研究)の対象は,2型糖尿病または耐糖能障害(IGT)を合併した高血圧患者です。既に降圧薬が投与されている場合は高血圧として登録し,降圧薬非投与の場合は140/90mmHg以上を高血圧としました。これらの対象をPROBE法(Prospective, Randomized, Open, Blinded-Endopoints Study)でARBバルサルタン群とCa拮抗薬アムロジピン群に無作為に割り付けました。追跡期間は3年です。主要評価項目は「心血管イベント(心筋梗塞,狭心症,脳血管障害,心不全の増悪)」,副次評価項目は「総死亡,エコーによる心機能評価,ヘモグロビンA1C(HbA1C),人工透析への移行,血清クレアチニン(Cr)値2倍以上の増加」です。降圧目標値は130/80mmHgです(図2)。バルサルタンの開始用量は80mg/日,アムロジピンは5mg/日で,両薬とも必要に応じてまず2倍量への増量,その後は必要に応じて利尿薬,β遮断薬,α遮断薬などを併用します。

小室 2型糖尿病とIGTの比率などが明らかになり,結果を解析できれば興味深いでしょうね。

北風 バルサルタンによるIGTから糖尿病への進展抑制率などがわかりますね。

室原 そうですね。新規糖尿病の発症予防は,臨床的にもきわめて重要な課題です。

北風 1,000例を超すというのはすごいですね。

室原 LIFEの糖尿病サブ解析の対象は1,195例でしたから,それを少し上回るのではないかと期待しています。問題はフォローアップ率なので,全例調査を行ってエンドポイントの評価漏れのないように努力を続けていきたいと考えています。

解析が進行中のKYOTO HEART Study(ハイリスク高血圧患者3,042例)

北風 続いて松原先生,KYOTO HEART Studyをご紹介ください。

図3

松原 KYOTO HEART Studyの目的は,ハイリスク高血圧患者におけるARBバルサルタンの上乗せ療法による心血管イベント抑制効果を検討することにあります。試験デザインはPROBE法を用いており,対象は糖尿病,喫煙,脂質異常症,虚血性心疾患ないし脳血管障害の既往,肥満(BMI≥25),心電図上の左室肥大など1つ以上のリスクファクターを合併する高血圧患者(uncontrolled hypertensive patients)3,042例(20歳〜79歳)です。これらの対象を,バルサルタン上乗せ群(ARB群)と従来治療群(非ARB群)に無作為化し,3年間追跡します。主要評価項目は「致死的・非致死的心血管イベント(複合イベント)」で,副次評価項目は「総死亡,心機能の悪化,不整脈の発症や悪化,糖尿病や耐糖能異常の新規発症,血圧コントロール不良など」です。バルサルタンは40〜80mg/日から開始して160mg/日まで増量し,必要ならば次のステップでは他剤併用を行います(図3)。目標降圧値は140/90mmHg未満で,糖尿病や腎疾患合併例では130/80mmHg未満です。脂質異常症,心血管系疾患既往・糖尿病,心不全,喫煙,肥満,試験開始時の降圧薬の使用などの患者背景も,今後,明らかになると思います。

小室 参加施設数はどれぐらいですか?

松原 京都府立医大も含めて関連病院の計31施設です。

大屋 ACE阻害薬はどういった扱いになっているのですか。

松原 両群ともに試験期間中のACE阻害薬の新たな使用は禁止ですが,無作為化の時点でACE阻害薬が使われている場合にはそのまま継続投与としています。

筒井 目標イベント数はどのぐらいですか?

松原 3年間の追跡により,バルサルタン上乗せ群で主要評価項目の20%減少により,80%の統計力で有意差が得られると仮定しています。

心臓交感神経活性なども評価するVART

北風 では次に小室先生,VARTについてご紹介願います。

図4

小室 VARTでは,合併症を伴う高血圧患者を対象にバルサルタン群とアムロジピン群の予後改善効果を比較しています。バルサルタンは80mg/日,アムロジピンは5mg/日から開始し,必要に応じて倍量,他剤併用とします。降圧目標値は135/85mmHg未満です(図4)。参加しているのは開業医を中心とした千葉県の123施設です。主要評価項目は総死亡(突然死,心不全,心筋梗塞,脳卒中,不整脈,そのほかの循環器疾患),病態悪化による入院で,副次評価項目は心肥大退縮効果および心機能に及ぼす影響(心エコー法にて評価),血圧日内変動,心臓交感神経活性(I-123 MIBGによる評価),腎保護作用(尿蛋白減少)などです。

北風 いろいろな地域でのデータをまとめることは有意義ですね。結果に期待したいと思います。

わが国における慢性心不全の登録観察研究JCARE-CARD

北風 それでは最後になりますが,筒井先生からJCARE-CARD研究についてお話しいただきたいと思います。

筒井 臨床試験(治療の有効性の科学的検証)と登録観察研究(実態を知ったうえでのreal worldにおける治療の有効性の検証)は,evidence based medicineの両輪と言えます。こうした視点からわれわれは,慢性心不全増悪のために入院治療を要する患者を対象とした登録観察研究JCARE-CARD(Japanese CArdiac REgistry in CHF-CARDiology)研究を進めています。同研究は,日本循環器学会,日本心不全学会の後援のもと,日本循環器学会研修施設164か所の協力を得ています。患者登録はWeb上にて,2004年1月から2005年6月の間に行われました。登録患者数は2,675例です。本日は,これまでにまとまっているデータについて,ARBを中心にご紹介したいと思います。平均年齢は71歳で,男女比は6:4です。基礎疾患は,虚血性心疾患,弁膜症,高血圧,拡張型心筋症などです。追跡率は2年間で90%です。慢性心不全の急性増悪による入院中死亡が約5%に認められました。左室駆出率は,約1,600例くらいを対象にした心エコーによる解析ですが,40%以下が58%を占めていました。左室駆出率40%以下の方々で使われていた治療薬を調べたところACE阻害薬37%,ARB30%,両者併用が6%で,RA系阻害薬非服用が28%でした。

北風 RA系阻害薬非服用というのも問題ですね。

筒井 そうですね。それが腎機能などに問題があるためなのかどうか,これから解析が必要だと考えています。

小室 いずれにせよ貴重なデータですね。

筒井 これはわが国初のデータです。日本では心不全に対してARBがACE阻害薬とほぼ同じくらい使われているというデータを海外で示すと,皆さん驚かれます。

大屋 日本人は欧米人よりもACE阻害薬による咳が多いという背景を知ってもらう必要があると思います。

筒井 そうですね。それとARBは高血圧が基礎疾患にある患者さんでの使用頻度が高いのです。ですから,日本では高血圧治療に対して繁用されているARBが心不全になってもそのまま継続して使われている,という状況が関与していると思います。なおACE阻害薬は,拡張型心筋症でより使用頻度が高いというデータも得られています。

松原 ACE阻害薬とARBで転帰に違いはあったのですか?

筒井 いえ,ありませんでした。1年間の総死亡率は約8%,心臓死がその半分ぐらいでしたが,ACE阻害薬とARBで差は認められませんでした。1年間で約20%の再入院があるのですが,それにも差はありませんでした。高血圧などの背景因子で補正しても同様でした。欧米で慢性心不全を対象に実施された大規模臨床試験ELITE-IIでも,非劣性の検定は行われていませんが両薬剤間で総死亡率や入院率に差はありませんでした。JCARE-CARDにおいて日本人でも差がないことから,慢性心不全に対してARBはACE阻害薬のalternativeになり得るのではないかと考えられます。

北風 ACE阻害薬とARBを一緒にしてRA系阻害薬群とし,非RA系阻害薬群と比べてみるとよいかもしれません。

室原 成績にはっきりした差が出るかもしれませんね。

筒井 crudeな解析ではきっとRA系阻害薬群のほうがよいと出るでしょう。しかし,非常に血圧が低いとか腎機能が悪いために非RA系阻害薬群に回った方々も多いでしょうから,それらの予後悪化因子で補正すると差がなくなる可能性もあると思います。いずれにしても検討してみたいと思います。

大屋 ARBは,日本人を含めたアジア人で効きやすいようですね。2型糖尿病性腎症を対象とした大規模臨床試験RENAALのサブ解析でも,アジア人の成績は非常によいと言われています。

小室 ハイリスク高血圧を対象としたバルサルタン大規模臨床試験VALUEでも,論文にはなっていませんが,アジア人では全体解析よりも成績がよかったようです。

北風 そういう視点からも,わが国で実施されているNAGOYA HEART Study,KYOTO HEART Study,VARTの結果報告が待たれます。本日はどうもありがとうございました。

本ページはノバルティス ファーマ株式会社の提供です