[2008年3月6日(VOL.41 NO.10)p.08]

特別企画

JIKEI HEART Study

ARBバルサルタンのエビデンスをめぐって

― 高血圧治療におけるARBの位置付け ―

Björn Dahlöf 氏 室原 豊明 氏 森下 竜一 氏 吉村 道博 氏
Björn Dahlöf 室原 豊明 森下 竜一 吉村 道博

 日本人高血圧患者を対象にした大規模臨床試験 JIKEI HEART Studyにおいて,独自のドラッグエフェクトを発揮してエビデンスを示したARBバルサルタン。そのエビデンスの機序を検証しながら,高血圧治療におけるARBの位置付けをめぐって専門家の間で討論していただいた。ご出席は,東京大学大学院医学系研究科内科学教授の藤田敏郎氏(司会),スウェーデン・シャルグレンスカ大学病院教授のBjörn Dahlöf氏,名古屋大学大学院医学系研究科循環器内科学教授の室原豊明氏,大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学教授の森下竜一氏,東京慈恵会医科大学循環器内科教授の吉村道博氏。

藤田 敏郎 氏(司会) 東京大学大学院医学系研究科内科学 教授
Björn Dahlöf 氏 スウェーデン・シャルグレンスカ大学病院 教授
室原 豊明 氏 名古屋大学大学院医学系研究科循環器内科学 教授
森下 竜一 氏 大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学 教授
吉村 道博 氏 東京慈恵会医科大学循環器内科 教授

バルサルタン群で131/77mmHgまでの降圧が達成されたことの意義

藤田 まずDahlöf先生から,JIKEI HEART Studyの成績についてご紹介をお願いします。

図1 図2
図3 概要

Dahlöf JIKEI HEART Studyは,冠動脈疾患あるいは心不全を有する日本人高血圧患者3,081例を,バルサルタン群(1,541例)と非ARB群(従来降圧治療強化群:1,540例)に無作為化して予後改善効果を比較検討した大規模臨床試験です。試験開始時の血圧は両群とも139/81mmHgでしたが,最終的にはバルサルタン群131/77mmHg,従来降圧治療強化群132/78mmHgと非常に良好な降圧を達成しました(図1)。プライマリーエンドポイント(複合心血管イベント)は,バルサルタン群でリスクが39%有意に減少しました(図2)。またバルサルタン群では,脳卒中の40%減少,入院を要する心不全の47%減少,入院を要する狭心症の65%減少,解離性大動脈瘤の81%減少といずれも有意のリスク減少が認められました(図3)。バルサルタンの平均投与量は75mg/日と,欧米の大規模臨床試験で使われた投与量よりも少なかったのですが,これは日本で皆さんが実地診療で用いている投与量を反映していると考えられます。JIKEI HEART Studyでは,同等の降圧下での比較で,バルサルタンの投与により心血管に対する負荷が大幅に減少することが示されました。それは血圧コントロールから予測された以上のリスク減少であると思います。そしてそのリスク減少は,心血管保護の観点からみるとすべての心血管イベントの連続性(Cardiovascular Continuum)をカバーしています。

藤田 ありがとうございました。初めにバルサルタン群で到達した131/77mmHgという血圧値について話し合いたいと思います。室原先生からお願いできますか?

室原 131/77mmHgという到達血圧値は,これまでの大規模臨床試験で到達した一番低い値です。バルサルタン追加投与でここまで血圧を下げることができるとの事実が示された意義は大きいと思います。また,同時にJIKEI HEART Studyでは,バルサルタンの降圧を超えた臓器保護作用も示されたのではないかと思います。

森下 投与開始時の血圧は139/81mmHgと既に140/90mmHgを切っていました。そのような血圧値でもバルサルタンを加えることで,131/77mmHgの降圧が実現できたことに注目したいと思います。また,こうした降圧とそれにプラスされた付加的な臓器保護によりエビデンスが得られたわけですから,さらなる降圧を踏まえた併用治療を考えるときは,バルサルタンがファーストチョイスになると思います。また従来降圧治療強化群では降圧のために併用薬剤の数や投与量を増やす必要があると思いますから,コストの問題や患者のQOLを考慮すれば,ARBを併用治療の基盤とすべきだと思います。

脳卒中の成績をめぐって
まず満たすべきは厳格な降圧目標の達成

藤田 では続いて,エンドポイントをめぐる話題に進みたいと思います。日本人は欧米人よりも脳卒中の発症率が高いと言われていますが,そうしたなかでJIKEI HEART Studyにおいてバルサルタン群で脳卒中のリスクが40%有意に減少したという事実はきわめて重要です。

Dahlöf 脳卒中に対する私の最初のコメントは,血圧コントロールが脳卒中予防にとってきわめて重要であるということです。

藤田 長い間,脳卒中予防の程度は降圧に依存すると言われていました。

Dahlöf そうですね。そして同等に降圧しても,バルサルタン投与で40%も有意に脳卒中リスクが減少したのですから,やはり降圧だけでなく+αの作用を持った降圧薬を選択すべきことがJIKEI HEART Studyで示されたと思います。つまり,降圧目標まで到達することで,さらに上乗せされたベネフィットがバルサルタンによって得られたということです。

森下 脳卒中のデータは,JIKEI HEART Studyで示された優れた成績のうちでも最も重要なものだと思いますが,バルサルタンが心房細動(AF)を予防して心臓由来の脳塞栓を減少させた可能性についてはどうなのでしょうか?

Dahlöf AFに関しては,バルサルタンの予防効果についての解析が進んでいると思います。一方,脳卒中イベントのほとんどは虚血性脳卒中であることがわかっていますが,AFと脳塞栓との関連を実証することは難しいかもしれません。

室原 ハイリスク高血圧を対象とした大規模臨床試験VALUEのサブ解析では,バルサルタン群のほうが,新規および持続性AFが有意に減少したとの解析結果が得られています。Dahlöf先生が試験統括責任者を務められた,左室肥大を伴うハイリスク高血圧患者を対象とした大規模臨床試験LIFEでも,ARB群でAFの新規発症が有意に減少していましたね。

Dahlöf そうですね。それに伴い,脳卒中も有意に減少したとの成績も得られています。

藤田 JIKEI HEART StudyのAFサブ解析の結果が待たれます。

心不全の成績をめぐって
日本人でも欧米人と同様のエビデンスが

藤田 次に心不全の成績に焦点を当てたいと思います。JIKEI HEART Studyではバルサルタン群で入院を要する心不全のリスクが47%有意に減少したことについて,室原先生,コメントをお願いします。

室原 既に海外で実施されたVal-HeFTやCHARM-Addedなどの大規模臨床試験において,ARBによるレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の遮断が,ACE阻害薬投与中の心不全患者の予後を改善するとのエビデンスが得られています。JIKEI HEART Studyにおける心不全の成績は,海外で得られていたエビデンスが日本人でも立証されたということだと思います。そして忘れてはならないことは,ARBはACE阻害薬に上乗せしても,こうしたエビデンスを示しているということです。

藤田 JIKEI HEART StudyではACE阻害薬はどの位使われていたのですか?

Dahlöf 試験開始時には全体で35%に使われていましたが,試験終了時におけるACE阻害薬はやはりバルサルタン群で減少,従来降圧治療強化群では増加していました。

吉村 心不全にはレニン・アンジオテンシンに加えて,アルドステロンの関与も大きいと考えています。バルサルタンがアルドステロン濃度を低下させることで,心不全予防によい影響を与えた可能性も考えられます。

狭心症の成績をめぐって
注目される狭心症発症抑制の機序

藤田 入院を要する狭心症のリスクがバルサルタン群で65%有意に減少した成績については,吉村先生はどうお考えですか?

吉村 狭心症の予防には,血管のトーヌス(緊張)の減少が大事であると思います。われわれは,重症の冠攣縮性狭心症患者において,高用量のCa拮抗薬投与でも発作が抑制できなかったものの,バルサルタン併用で発作を抑制できたという症例を経験しています。JIKEI HEART Studyの狭心症の成績に関しては謎が多いのですが,その機序の1つとしてCa拮抗薬とバルサルタンの併用が,血管トーヌスを低下させたためではないかと考えられます。血管トーヌス改善には,バルサルタンのAT2受容体刺激によるNO増加作用なども関与しているのかもしれません。

森下 ARBによる血管リモデリングの改善が,狭心症の減少に寄与した可能性も考えられますね。

吉村 そう思います。しかし,両群のカプランマイヤー曲線をみると,バルサルタン群における狭心症の減少は試験初期から認められています。血管リモデリングの効果発現にはある程度の時間を要しますから,私はより早期に効果が得られるという意味でもNO増加作用に注目しています。

室原 ARBには抗炎症作用があることは間違いありません。こうした抗炎症作用がアテローム病変の進行を抑制したために,バルサルタン群で狭心症が減少した可能性があると思います。また先程,吉村先生がご指摘になったバルサルタンとスタチンの併用が,プラークの安定化に大きく寄与したことも狭心症の減少に繋がったのではないかと思います。

Dahlöf 狭心症で入院した患者の全員に冠動脈造影が実施されています。その結果,バルサルタン群ではアテローム硬化症の進行が少ない,つまり狭窄の進行抑制が多く認められたとの解析データが得られています。ですから,アテローム硬化症に対するバルサルタンのベネフィットが存在したことは確かですが,冠攣縮抑制も含めたバルサルタンの多面的な作用が,狭心症の減少という結果を導いたのだと思います。

解離性大動脈瘤の成績をめぐって
動物実験データを臨床的に裏付け

藤田 バルサルタン群で解離性大動脈瘤のリスクが81%有意に減少したというデータも得られています。このデータについて,森下先生,コメントをお願いします。

森下 われわれは,ウィスターラットを使った腹部大動脈瘤モデル(elastase infused model)を作成し,同モデルにおいて高血圧が転写因子NFκBやetsの増加を介して腹部大動脈瘤を進展・増悪させることを報告しました(Shiraya S, et al:Hypertension 48:628-636, 2006)。一方,われわれは同モデルを使った検討で,血圧に影響を与えない投与量のバルサルタン群が,非投与群よりも有意に腹部大動脈瘤のサイズを減少させるとのデータも得ています。その作用機序には,バルサルタン投与によるMMP(matrix metalloproteinase)やNFκBなどの発現減少が関与していることが示唆されました。以上の実験結果は,臨床においてバルサルタンが腹部大動脈瘤の抑制に有効であることを示唆するものですが,残念ながらわれわれは臨床データを持っていませんでした。そうしたなかでJIKEI HEART Studyの成績が示されました。その臨床成績は,われわれの実験結果を裏付けるものであると言えます。

Dahlöf バルサルタンの効果にAT2受容体刺激がどの程度関与したのか,是非知りたいと思います。それは作用機序として,ACE阻害薬と大きく異なる点だからです。

森下 大動脈瘤に対するACE阻害薬の効果をめぐっては賛否両論があります。私はむしろ,ARBのほうに大きな可能性があると考えています。ARBがマルファン症候群の大動脈瘤を予防したとのマウスを用いた実験結果も報告されています(Habashi JP, et al:Science 312;117-121, 2006)。ARBはNFκBの優れた阻害薬なのです。一方,われわれは最近,NFκBが脳動脈瘤形成に関与していることも報告しました(Aoki T, et al:Circulation 116:2830-2840, 2007)

藤田 この領域における今後の研究の展開が期待されますね。

高血圧治療におけるARBの位置付け
エビデンスのあるARBとともに進む

藤田 それでは最後に,高血圧治療におけるARBの位置付けをめぐって討論したいと思います。まず,JIKEI HEART Studyで得られたバルサルタンのエビデンスはARBのクラスエフェクトかどうか,この点についてはいかがですか?

吉村 バルサルタンはAT2受容体の活性を高めることでNOを増加させると思います。他のARBではこのAT2受容体作用に関する作用は異なりますので,そういう意味ではクラスエフェクトとすることは難しいかと思います。

室原 バルサルタンの効果の一部はARBのクラスエフェクトですが,一部はバルサルタンの持つ独自のドラッグエフェクトだと言えると思います。最近,ARBを含めた各種降圧薬のなかでも,唯一バルサルタンがアルツハイマー病のマウスモデルにおいて脳のβアミロイド蛋白値を低下させ,空間学習能力を改善させたことが報告されています(Wang J, et al:J Clin Invest 117:3393-3402, 2007)

Dahlöf 非常に興味あるデータです。

藤田 高齢者高血圧患者を対象とした臨床試験において,バルサルタンがACE阻害薬よりも有意に認知機能を改善したことが既に報告されていますね(Fogari R, et al:Eur J Clin Pharmacol 59:863-868, 2004)

Dahlöf われわれはクラスエフェクトという考え方に対して非常に慎重になるべきだと思います。バルサルタンはARBというクラスに属していますが,そのユニークな特性はバルサルタン独自のドラッグエフェクトなのです。

森下 バルサルタンはAT1受容体選択性が高く,きわめて強いAT1受容体遮断作用を持つことをわれわれは忘れてはならないと思います。そして最も重要なことは,バルサルタンには臨床的なエビデンスがあるということです。

室原 JIKEI HEART Studyにおける試験開始時の血圧は139/81mmHgと,既にわが国の高血圧治療ガイドライン(JSH)2004の降圧目標をクリアしていました。しかし,130/80mmHgを目標にしてさらに降圧をはかることで,よい結果が得られました。これは実地医家の方々にとっても意義あるメッセージだと思います。

吉村 ARBが心筋梗塞発症と関連するのではないかとのネガティブな議論がありましたが,JIKEI HEART Studyでは両群間に有意差はありませんでしたから,少なくともその懸念はないように思います。

Dahlöf 心筋梗塞の予防も,まず降圧が重要であると思います。

森下 ARBはJSH2004でも既に降圧治療のファーストチョイスの薬剤として位置付けられていますが,JIKEI HEART Studyでは日本人患者における併用療法のファーストチョイスであることも示したと思います。これはわれわれがJIKEI HEART Studyから得た,非常に大きな教訓です。

藤田 本日はどうもありがとうございました。

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