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日本人高血圧患者を対象とした大規模臨床試験JIKEI HEART Study(Mochizuki S et al. Lancet 2007)において、エビデンスを世界に向けて発信したARBバルサルタンが、先頃、日本発売8周年を迎えた。現在さらに、バルサルタンを用いたKyoto Heart Studyを始めとした大規模臨床試験で、日本における一層のエビデンス構築が目指されている。そこでこれを機に、「日本人における高血圧治療の特徴と対策」というテーマで、京都府立医科大学大学院医学研究科循環器内科学教授の松原弘明氏にお話を伺うとともに、松原氏が試験統括責任者を務めるKyoto Heart Studyの進捗状況についても紹介していただいた。 |
松原 今やメタボリックシンドロームは、広く一般の方々にも良く知られるようになりましたね。
――大規模臨床試験HOPE、LIFE、CHARM、VALUE などでは、レニン・アンジオテンシン(RA)系抑制薬による糖尿病新規発症抑制効果が示されました。とりわけハイリスク高血圧を対象としたVALUEでは、代謝に与える影響がニュートラルであるとされるCa拮抗薬アムロジピンと比べてバルサルタンが有意に糖尿病新規発症を抑制したことは非常に意義深いものがありました。松原 そうですね。それまでは、プラセボや代謝への悪影響が懸念されるβ遮断薬などを比較対照薬としたデータでしたからね。
――いずれにせよ、こうした糖尿病新規発症には、インスリン抵抗性の改善が大きな要素になっていると思います。もう1つ、メタボリックシンドロームとの関連で話題になっているのが、微量アルブミン尿の存在で、メタボリックシンドロームのリスク項目数が増すほど微量アルブミン尿の頻度が高くなることが報告されています(図1)。しかも、微量アルブミン尿は心血管イベントのマーカーとなることも報告されています(Bigazzi R et al. J Hypertens 1998;16:1325-1333)。JSH2004でも、尿中微量アルブミンを心血管病の危険因子の1つに挙げています。一方、微量アルブミン尿を伴う糖尿病患者において、バルサルタンがアムロジピンよりも有意に尿中アルブミンを減少させることが臨床試験MARVALで報告されています。蛋白尿の正常化率もバルサルタンの方で有意に優れていました。なお、MARVALは同等の降圧下での比較ですが、対象の約65%が高血圧を伴っていました(Viberti G et al. Circulation 2002;106;672-678)。こうした事実を踏まえれば、メタボリックシンドロームを伴う高血圧患者の第一選択薬の候補としてARBが挙がってくることは、当然のことと思われます。松原 最近では、ARBがAF予防に有効であることが大規模臨床試験で示されていますね。
――そうですね。VALUEサブ解析では、新規および持続AFが、バルサルタン群でアムロジピン群よりも有意に減少したことが報告されています(Schmieder R. Journal of Hypertension 2006;24[Suppl.4]:S3)。こうしたAF予防が脳塞栓予防に繋がることが期待されます。松原 その期待には非常に大きいものがあります。
松原 これから一層の高齢化が進む我が国にとって、心強いデータだと思います。
――高齢化とメタボリックシンドローム合併という視点から高血圧の対策を考えると、運動・減塩・カロリー制限といったことに加えて、RA系抑制薬による治療が平均寿命とQOL改善に大きく寄与するのではないかと考えられます。松原 これまでの大規模臨床試験のデータなどからみると、心不全予防に対してはARBとACE阻害薬ともに有用だと思いますが、脳卒中予防に対してはARBの方が有用性が高いのではないかと思います。
JIKEI HEART Studyの脳卒中のデータは、先頃報告になったESH/ESC(欧州高血圧学会/欧州心臓病学会)による高血圧管理ガイドライン2007でも取り上げられています(European Heart Journal 2007;28:1462-1536)。JIKEI HEART Studyの成績が、国際的にも高く評価されたことを示すものだと思います。
松原 この数字には大変驚きました。その機序ですが、これはやはりバルサルタンが動脈硬化を退縮させたことによるのではないかと思います。私は今、高脂血症モデルであるApoEマウスを使った研究をしているのですが、ApoEマウスとAT1ノックアウトマウスを掛け合わせたり、ApoEマウスにARBを投与すると、動脈硬化が退縮することが分かりました。さらにその機序について解明を進めているのですが、非常に驚いたことに動脈硬化が退縮した場合には、単球の遊走能・増殖能が半分以下に抑制されているのです。さらに詳しく検討すべく骨髄中の単球系の幹細胞の分化増殖能を調べたところ、ARB投与では分化の段階から抑制されていました。実は生体内で一番AT1受容体数が多いのが単球などの血球系の細胞なのです。ARBはこうした血球系に作用して、幹細胞の分化・増殖を特異的に抑制しています。そして同時に単球による動脈硬化促進も抑制していると考えられます。JIKEI HEART Studyにおいて、入院を要する狭心症のリスクをバルサルタンが減少させたのも、こうした動脈硬化促進に対する抑制作用が効果を発揮したためではないかと考えているのです。
――脳卒中に関しても同じようなことが言えますか?松原 そうですね。先程のお話にあったように、ARB によるAF予防が脳塞栓予防に繋がり脳卒中が減少したという可能性もありますが、単球系の細胞の機能抑制が、動脈硬化の進展抑制あるいはプラーク安定化に繋がったことも関与しているのではないかと思います。
――確かに、最近増えているアテローム性脳梗塞などにおけるプラーク安定化という作用機序も考えられますね。そうなりますと、心筋梗塞の予防にも良いのではないかと思いますが、JIKEI HEART Studyでは有意差がありませんでした。これには、日本人では心筋梗塞発症が欧米人よりも少ないということも影響していると思いますが…。松原 心筋梗塞に対してもプラーク安定化が良い作用をもたらすのではないかと思いますが、狭心症の段階で循環器専門医による厳重な管理が行われたために、心筋梗塞のトータルイベント数が少なかった可能性もありますね。
――いずれにせよ、JIKEI HEART Studyの結果は、次期ガイドラインの内容に大きな影響を与えることは必至です。松原 私も個人的には、JIKEI HEART Studyの結果はガイドライン改訂に大きく取り入れるべきだと考えています。
――改訂ガイドラインは、JIKEI HEART Studyを始めとした日本のエビデンスを重要視する方向になると思います。松原 Kyoto Heart Studyは、ハイリスク高血圧患者におけるバルサルタンadd-on療法の効果を検討する多施設共同ランダム平行比較試験で、既に米国の“Clinical Trials.gov”への登録を済ませています。
――これからの臨床試験は、こうした国際登録を済ませておく必要がありますね。松原 Kyoto Heart Studyは、試験デザインとしてPROBE法(前向き・無作為化・オープン・エンドポイント非開示)を用いています。対象は糖尿病、喫煙、高脂血症、虚血性心疾患ないし脳血管障害の既往、肥満など1つ以上のリスクファクターを合併する高血圧患者3,000例で、これらの患者をバルサルタンadd-on群と従来療法に無作為化して3年間追跡します。薬剤の割り付けは、最小化法(minimization)を用いて2群に割り付けました。患者因子をweb登録することによる自動割り付けです。バルサルタンは80mg/日から開始して160mg/日まで増量し、その後は多剤併用とします。従来療法はACE阻害薬とARB以外を使用します(図2)。降圧値目標は140/90mmHg未満で、糖尿病や腎疾患合併例では130/80mmHg未満です。検査項目の中には、全例に対する心エコー検査も含まれています。主要評価項目は心血管系イベントの発生で、副次的評価項目は総死亡、心機能評価、心不全、不整脈、糖尿病の悪化・耐糖能異常の新たな出現などです。
――主要評価項目の心血管系イベントにはどういったものが含まれていますか?松原 「脳」は脳卒中の発症/再発およびTIAの発症/再発、「心臓」は急性心筋梗塞の発症/再発、心不全の発症/再発および悪化による入院、抗心不全薬の追加・増量、狭心症の発症/再発および悪化による入院、抗狭心症薬の追加・増量またはPCI、CABGの施行、「血管」は急性大動脈解離の発症、下肢末梢動脈閉塞症の発症/再発および悪化、「腎障害」は透析への移行、血清クレアチニン値が投与前値の2倍以上の上昇などです。
――参加施設はどの位ですか?松原 京都府立医科大学とその関連病院の計31施設です。症例数は3,000例を目標としていましたが、3,042例に達しています(Sawada T et al. Journal of Human Hypertension 2008 ; 1-8)。
――バルサルタンは非常に降圧効果が優れたARBなので、しっかりした降圧を達成した上で、主要評価項目や副次的評価項目にどういった影響を与えるのか非常に興味が持たれます。是非、有意差を示してビッグジャーナルに発表していただきたいものです。松原 ええ、頑張ります。
――バルサルタンのジャパン・エビデンス集積が期待されます。本日はどうもありがとうございました。