望まれるCardiovascular Continuum
(心血管系イベントの連続性)に対する早期介入

■Cardiovascular Continuumとレニン・アンジオテンシン系■

■早期心血管障害に対する予防的治療■

■心血管系リモデリングと心不全、心房細動■

■リモデリング抑制の作用機序■

荒川 規矩男
(司会)
福岡大学名誉教授
  Jay N. Cohn
米国・ミネソタ大学
内科教授
  Stevo Julius
米国・
ミシガン大学教授
  Björn Dahlöf
スウェーデン・
シャルグレンスカ
大学病院教授
  望月 正武
東京慈恵会医科大学
循環器内科教授
  光山 勝慶
熊本大学大学院
医学薬学研究部
生体機能薬理学教授
(発言順)

日本初の高血圧介入大規模臨床試験JIKEI HEART Studyの成績が報告され、世界に大きなインパクトを与えた。これにより心血管病予防・治療におけるバルサルタンのエビデンスがさらに充実するとともに、心血管病に対する早期からの介入が現実的な課題として浮かび上がってきた。そこで、JIKEI HEART Studyを含む大規模臨床試験の成績を踏まえ、Cardiovascular Continuum(心血管系イベントの連続性)に対する治療の考え方について、日米欧の専門家に討論していただいた。


■Cardiovascular Continuumとレニン・アンジオテンシン系■

図1

荒川 JIKEI HEART Studyによって、日本人のハイリスク高血圧患者における脳心血管イベントがバルサルタンにより有意に抑制されることが明らかになりました。バルサルタンについては、Val-HeFT1)やREAL VALUE2)において心不全の発症を抑制することが明らかになっています。本日はこのような知見を踏まえ、ARBを心血管系の病態のどの段階から使用するのが望ましいかについて討論したいと思います。そこで問題になるのが、心血管系の病態をどのように捉えるかですが、心血管障害の時系列的変化を示すCardiovascular Continuumという概念があります。最初にCohn先生、この概念についてご説明いただけますか。

Cohn Cardiovascular Continuumは、Dzau氏らが提唱した心血管系の病態変化の概念で3)(図1)、今日の話題に関連して強調したいのは、ここに示したステップのほとんどにおいて、レニン・アンジオテンシン(RA)系が病態の増悪を促進する方向に働くことです。従って、RA系を阻害すればその進行が抑制されると考えられますし、実際、高血圧、心筋梗塞、心不全においてARBの有用性が証明されています。しかし、ARBに期待される効果はこれらの疾患に対してだけではありません。臨床的な心血管病はまだ発症していないけれども、そのリスクが認められる人々においてもARBが有効であることを示唆するデータを私たちは得ています。つまり、Cardiovascular Continuumのごく初期の段階からARBを用いて介入することが必要と考えられるわけです。

■早期心血管障害に対する予防的治療■

荒川 ARBの有効性が認められたのは、高血圧患者だけではないのですか。

Cohn はい。私たちは早期心血管障害のサインとして、運動負荷時の血圧反応、動脈の硬さ、頸動脈内膜中膜厚、網膜血管の異常、微量アルブミン尿、血中BNP濃度、左室エコー所見、心電図などを総合的に評価し、潜在的な心血管障害が存在すると考えられる被験者にバルサルタンを1年間投与し、これらの指標の変化を観察しました。小規模なパイロット試験ではありますが、バルサルタンは心血管障害の進行を抑制しました。

Julius 早期治療という考え方には私も賛成です。私たちが約20年前に行ったTecumseh Study4)という疫学研究の結果では、高血圧前症(120〜139/80〜89mmHg)に分類される人々のほとんどがメタボリックシンドロームの要件を備えていました。このような人々は臨床的な心血管病を発症しているわけではないし、高血圧でもありません。しかし、そういう人々においても血管障害の進行を抑制する薬物療法は有益と思われます。事実、高血圧発症予防試験TROPHY5)では、高血圧前症と診断された被験者をARB群とプラセボ群に無作為に割り付けし、2年間観察した結果、ARBにより高血圧発症リスクが66%有意に低下しました。

Cohn ARBはCardiovascular Continuumのどの段階でも、心血管障害の進行を抑制しますが、その効果は早期に治療を開始するほど大きいのではないかと思います。

Dahlöf しかし早期治療のエビデンスを得ることは、これまでの臨床研究のやり方、つまり多数のハイリスク患者を導入し、死亡や心血管系イベントに対する抑制効果を無作為化試験で検討する方式では困難ですね。血管障害を示す信頼できるマーカーによって有効性を評価する必要があります。

Julius 問題はそのようなマーカーが確立していないことです。おそらく単一のマーカーで血管障害の程度を評価することは困難であり、複数のマーカーを組み合わせて総合的に判定するシステムが必要になるのではないでしょうか。

Cohn 私たちが検討しているのも、そのような評価システムの有用性であり、先程挙げた複数の指標をスコア化して治療効果の評価に用いているわけです。

■心血管系リモデリングと心不全、心房細動■

図2

荒川 ARBの心血管保護作用について伺います。まず心不全ですが、Val-HeFT、REAL VALUE、JIKEI HEART Studyはすべてバルサルタンが心不全の発症、増悪を抑制することを示しました。これはどういう作用によるとお考えですか。

Cohn 私たちはVal-HeFTに左室拡張による症候が認められる患者を導入しましたが、バルサルタンは左室の拡張すなわち左室リモデリングの進行を抑制し、心不全による入院を含むイベントを有意に減少させました。この試験では左室リモデリングがある程度進行している患者を対象としましたが、左室リモデリングが軽度である場合、バルサルタンのリモデリング抑制作用は心不全の発症を予防することになります。高血圧患者を対象としたJIKEI HEART Studyでも、心不全発症率がバルサルタンによって低下していますね。

望月 入院を要する心不全はバルサルタンにより47%低下しました(図2)

Cohn 試験開始時に心不全を合併していた患者はどのくらいいたのですか。

望月 バルサルタン群、非ARB群ともに11%です。

Cohn つまり90%近くは心不全を未発症であったわけですね。ということは、バルサルタンが高血圧患者における心不全発症を予防し得ることを意味すると思います。

荒川 心房細動とリモデリングの関係についてはどうですか。LIFEサブ解析6)やVALUEサブ解析(Schmieder R. ISH 2006. Late-Breaking Clinical Trial)では心房細動発症もARBにより抑制されました。それもリモデリング抑制によるとお考えですか。

Cohn 心房細動は心房のリモデリングから起こります。もちろん、先行するのは左室リモデリングであり、左室が硬化すると左室流入圧が上昇し心房が拡張します。このような心房の構造的変化が心房細動の成因であると考えています。従って、ARBのリモデリング抑制作用は心房細動に対しても予防効果を発揮するはずです。

Dahlöf 同感です。LIFEにおいて私たちは心房細動の新規発症と心房の形態に及ぼすARBの影響を検討しましたが、ARBは心房細動の新規発症を有意に減らすとともに、左室肥大、心房拡張、線維化を抑制しました。ですから、心不全も心房細動も同じリモデリングという枠組みで捉えることができます。

■リモデリング抑制の作用機序■

図3

荒川 心血管系リモデリングを抑制する作用はACE阻害薬にも認められていますが、ARBとの違いをどのように評価されますか。

望月 両者の大きな違いの1つは、アルドステロンに対する作用ではないかと思います。私たちは腎性高血圧を作製したラットでバルサルタンのRA系に及ぼす影響を検討しました。バルサルタンを投与すると血中アンジオテンシンII(AII)濃度は著明に上昇しましたが、血中アルドステロン濃度は正常ラットと同レベルにまで低下しました。バルサルタンは高用量と低用量を投与しましたが、アルドステロンに対する抑制作用に差はみられませんでした。一方、ACE阻害薬のアルドステロン抑制作用は用量依存性であることが分かっています。つまり、バルサルタンはACE阻害薬に比べアルドステロン抑制作用が強力であり、それが心血管系リモデリングに対しても好ましい効果をもたらすのではないかと思います。

荒川 心血管系リモデリングは虚血性心疾患の成因としても重要ですが、JIKEI HEART Studyはバルサルタンによって入院を要する狭心症が有意に減少することを示しました(図3)。その機序について光山先生、動物実験の成績をご紹介いただけますか。

光山 私たちはダール食塩感受性高血圧ラットを用いて、バルサルタンとCa拮抗薬が血管内皮機能、冠動脈リモデリングなどに及ぼす影響を調べました。同等の血圧レベルで両者を比較したところ、内皮依存性血管拡張反応を改善する効果、冠動脈リモデリングを抑制する効果はバルサルタンが優っていました。また、血圧レベルに差がないにもかかわらず、バルサルタン群の生存率は有意に改善しました。この結果は、バルサルタンの血管内皮機能を維持、改善する作用がより強いこと、その作用が冠動脈リモデリングを抑制することを示唆します。
 ではバルサルタンがどのような機序で血管内皮を保護するかですが、酸化ストレスとeNOSに対する作用が関係していると思われます。私たちは同じ実験で活性酸素のスーパーオキシドとパーオキシナイトライトの変化を検討しましたが、バルサルタンはこれらの活性酸素の上昇を強く抑制し、かつその効果は強力でした。また、狭心症患者では血管内皮の一酸化窒素(NO)産生が低下していることが知られています。ダール食塩感受性高血圧ラットにおいてもeNOS活性が低下しますが、バルサルタンはeNOS活性を著明に上昇させました。AIIには酸化ストレスを亢進させる作用があり、それが血管内皮障害とそれに続く冠動脈のリモデリングを引き起こすと言われます。バルサルタンによって狭心症の発症が抑えられたのは、冠動脈リモデリングを起こす一連の変化がブロックされたためと考えられます。

荒川 JIKEI HEART Studyでは、心筋梗塞に対する抑制効果は有意ではありませんでした。この点をどのようにお考えですか。

光山 狭心症と心筋梗塞では、冠動脈リモデリングの進行度に違いがあるのではないでしょうか。心筋梗塞をきたすような冠動脈ではリモデリングが高度に進行しており、ARBを用いてもそれを退縮させることは容易でないと思われます。

荒川 バルサルタンはCardiovascular Continuumのどの段階でも好ましい作用を発揮するが、その効果は早期であるほど大きいであろうとCohn先生はおっしゃいました。おそらくバルサルタンによる心血管保護治療の今後の課題は、この早期からの予防的治療の有用性を検証することにあると思われます。

1)Cohn JN et al. N Engl J Med 2001;345:1667-1675
2)Julius S et al. Hypertension 2006;48:385-391
3)Dzau V, Braunwald E. Am Heart J 1991;121:1244-1263
4)Julis S et al. JAMA 1990;264:354-358
5)Julius S et al. N Engl J Med 2006;354:1685-1697
6)Wachtell K et al. J Am Coll Cardiol 2005;45:712-719

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