JIKEI HEART Studyの結果と臨床への影響

―バルサルタンの有用性―

■バルサルタンとpleiotropic effects■

■脳卒中が40%有意に減少■

■基礎研究と合致するJIKEI HEART Study における脳卒中の成績■

■心筋梗塞発症予防には有意差なし■

■狭心症が65%有意に減少■

■入院を要する心不全が47%有意に減少■

松崎 益徳
(司会)
山口大学大学院
医学系研究科
器官病態内科学教授
  檜垣 實男
愛媛大学大学院
医学系研究科
病態情報内科学教授
  Björn Dahlöf
スウェーデン・
シャルグレンスカ
大学病院教授
  光山 勝慶
熊本大学大学院
医学薬学研究部
生体機能薬理学教授
  望月 正武
東京慈恵会医科大学
循環器内科教授
  筒井 裕之
北海道大学大学院
医学研究科
循環病態内科学教授
(発言順)

2006年、第28回欧州心臓学会議・第15回国際心臓学会議(ESC/WCC2006:バルセロナ)のHOT LINEセッションにおいて、日本初の高血圧介入大規模臨床試験JIKEI HEART Studyが初めて報告された。そのJIKEI HEART Studyで示された、欧米のデータを大きく凌ぐARBバルサルタンのエビデンスが関係者の間で話題になっている。ここでは、バルセロナでの報告直後に現地で開催された座談会を紹介する。


■バルサルタンとpleiotropic effects■

松崎 これからJIKEI HEART Studyをめぐって討論したいと思いますが、まず檜垣先生、ご感想をお聞かせください。

檜垣 従来治療群とバルサルタン群を同等の降圧下で比較して、バルサルタン群で非常に優れた成績が得られたことに驚きました。これはバルサルタンの持つpleiotropic effectsが発揮されたためではないかと考えられます。

Dahlöf 私はかねてからレニン・アンジオテンシン(RA)系阻抑制、とりわけARBによる抑制が生体に大きな利益をもたらすという考えの信奉者です。それは、既に私が統括責任者を務めた大規模臨床試験LIFE(対象は左室肥大を伴う高血圧患者)においても証明されていました。血管内皮機能なども含めた標的臓器の保護という利益をpleiotropic effectsと呼ぶにせよ呼ばないにせよ、それがRA系抑制によってもたらされたことは確かです。

■脳卒中が40%有意に減少■

図1

松崎 脳卒中(新規発症および再発)がバルサルタン群で40%も有意に減少したというデータには驚きました(図1)。到達降圧値はバルサルタン群で収縮期・拡張期血圧ともに1mmHg低かったわけですが、1mmHgというわずかな差では説明できない成績です。

Dahlöf 降圧に1mmHgの差はありましたが、両群間に有意差はありませんでした。ですから同じ降圧レベルで比較した結果、こうしたデータが得られたと言えます。

松崎 日本において脳卒中は心筋梗塞の約2.5倍も発症頻度が高いのです。ですからバルサルタン追加により、これほど脳卒中の発症が減少したことは重要です。

Dahlöf LIFEではARBをベースにした群とβ遮断薬をベースにした群で予後を比較したのですが、脳卒中はARBをベースにした群で約25%減少していました1)。ARB(本邦未発売)とCa拮抗薬の両群を比較した臨床試験MOSESでも、脳卒中(再発)はARB群で25%減少しました2)。JIKEI HEART Studyでバルサルタンが脳卒中を減少させたというデータは、こうした一連の流れの上に位置付けられます。

松崎 それにしても40%減少という数字はインパクトが大きいですね。

Dahlöf それにはバルサルタンの持つ強いAT1受容体遮断作用に加えて、生体に有利に働くと考えられるAT2受容体刺激作用が大きく寄与していることが、基礎研究から示唆されます。

■基礎研究と合致するJIKEI HEART Study における脳卒中の成績■

松崎 光山先生は、ご専門の薬理学のお立場からJIKEI HEART Studyの脳卒中の成績をどう捉えていらっしゃいますか?

光山 我々は、食塩負荷SHRSP(脳卒中易発症性高血圧自然発症ラット)を用いた検討で、同等の降圧レベルで対照群、バルサルタン群、Ca拮抗薬群を比較すると、生存率はバルサルタン群が対照群やCa拮抗薬群よりも有意に延長するとの成績を得ています。対象がSHRSPですから、この場合の生存率の延長は、バルサルタンの持つ脳卒中予防の結果と考えられます。その機序としては、ARBの持つ脳血管リモデリング改善作用やblood-brain-barrier障害の改善などが関与しているものと思われます。その分子的メカニズムとして、脳におけるバルサルタンの抗酸化ストレス作用が示唆されます。バルサルタンのpleiotropic effectsには、こうした抗酸化ストレス作用も関与していると我々は注目しています。JIKEI HEART Studyにおける脳卒中の成績は、我々の基礎研究のデータと一致するものです。

松崎 バルサルタンのAT2受容体刺激作用は脳でも発揮されているのでしょうか?

光山 残念ながら我々はその検討をしていませんが、堀内正嗣先生が脳におけるバルサルタンのAT1受容体遮断とAT2受容体刺激の重要性を示す報告をしておられます3)

松崎 ところで、脳卒中のうち脳出血と脳梗塞の内訳は分かっているのですか?

Dahlöf まだ詳しい数字が出ていませんが、到達血圧値の数字からみて大半が脳出血ではなく脳梗塞ではないかと思います。

光山 ARBは心房細動を予防するとの報告が慢性心不全患者を対象にバルサルタンを用いたVal-HeFTなどでも報告されていますから4)、こうした心房細動の予防が脳梗塞の発症予防につながった可能性もあると思います。

望月 我々も心房細動の発症頻度の解析をできるだけ早くする予定です。

■心筋梗塞発症予防には有意差なし■

表1

松崎 心筋梗塞(新規および再発)に関しては両群間で有意差はありませんでしたが、これは対象数の問題もあると思います。

Dahlöf そうですね。心筋梗塞の発症総数は36(従来治療群19、バルサルタン群17)でしたから、何らかの結論を導くには対象数が少なすぎますね。しかし、ARB群と他の治療群の間で脳卒中予防には有意差があるのに心筋梗塞予防に有意差がないというデータは、LIFEや他の大規模臨床試験でも示されていますから、そうした意味ではこれまでの大規模臨床試験の成績と一致していると思います。

松崎 筒井先生はJIKEI HEART Studyにおける脳卒中と心筋梗塞の成績の乖離についてどうお考えですか?

筒井 我が国の脳卒中の発症頻度の高さから言っても、日本人高血圧患者においてバルサルタンが有意な脳卒中予防効果を示したことは納得がいきます。対象の約30%に虚血性心疾患が合併していたということですが、心筋梗塞の発症頻度の低さからみても、有意差を検出するには、統計学的パワーが十分ではなかったと思います。

松崎 総死亡や心血管死も両群間で有意差はありませんでしたが、これも対象数そして追跡期間が限られていることと関連していると思います。

Dahlöf その通りです。

松崎 とりわけ総死亡で差を出すことは、特に日本人では容易ではありません。

檜垣 世界的にみても、治療内容が向上していますから、心血管死の頻度もさほど高いものではなくなっています。

Dahlöf JIKEI HEART Studyの対象も、患者背景をみると非常に良い治療を受けていることが分かります(表1)。そうした状況だからこそ、バルサルタン追加によりこうした成績が得られたことが非常に印象的です。

■狭心症が65%有意に減少■

図2

松崎 狭心症に関しても、バルサルタン群で65%有意に減少というインパクトの強い成績が示されました(図2)

Dahlöf 日本人では欧米人と違って冠スパズムによる狭心症が多いことが、これだけ大幅にバルサルタン群で狭心症が減少した理由かもしれません。心筋梗塞で有意差がなかったのに狭心症で大きな有意差があったことを疑問視する方もおられるようですが、狭心症と心筋梗塞では発症機序が違います。つまり前者は冠動脈閉塞、後者はラプチャー破裂によるわけですから、成績が違っても不思議はないと私は思います。

檜垣 エンドポイントは入院を要するような狭心症ということですが、急性冠症候群(ACS)との関連はどうだったのでしょうか?

望月 我々もその点に非常に興味を持って解析を行う予定ですがACSの影響はかなり高いと思います。スパズムの割合はまだ不明です。

■入院を要する心不全が47%有意に減少■

図3

筒井 私は、バルサルタン群で入院を要する心不全が47%も減少したという成績にも興味を持ちました(図3)。試験開始時の患者背景では、心不全の合併は11%という数値でしたから、このエンドポイントを満たす入院を要する心不全というのには新規発症のものも含まれていたと思います。ぜひ、左室重量や左室機能などの心エコーのデータを知りたいと思います。

望月 心エコーは年1回は必ず撮っていましたので、いずれそのデータをお示しすることができると思います。

筒井 対象の多くは基礎疾患として高血圧を有しており、左室駆出率は維持されていたのではないかと思います。ですからJIKEI HEART Studyにおける心不全に対する優れた成績は、バルサルタンのこうした左室拡張機能障害群に対する効果から得られた可能性が考えられます。

光山 私は心不全が減少した機序に興味があります。Val-HeFTではバルサルタン群で入院を要する心不全が24%有意に減少しましたが5)、同時に血漿BNPや血漿ノルエピネフリンの有意な減少なども認められています6)。一方、アルドステロンのエスケープ現象は認められていません7)。JIKEI HEART Studyでは、こうした神経体液因子の動きはどうでしたか?

望月 我々は心不全患者300例程でBNPやカテコラミンなどを測定していますが、まだデータの解析はしておりません。

松崎 JIKEI HEART Studyは、実際の治療現場を反映したreal-worldの臨床試験であるという大きな特徴があります。

Dahlöf そうですね。その視点から、JIKEI HEART Studyから得られた成績を臨床に役立てていただきたいと思います。

松崎 先程話題に出た心エコーのデータ、さらには糖尿病新規発症予防、あるいは男女によるエンドポイントの違いなど、さらに詳細なデータに期待したいと思います。本日はどうもありがとうございました。

1)Dahlöf B et al. Lancet 2002;359:995-1003
2)Schrader J et al. Stroke 2005;36:1218-1226
3)Iwai M, Horiuchi M et al. Circulation 2004;110:843-848
4)Maggioni AP et al. Am Heart J 2005;149:548-557
5)Cohn JN et al. N Eng J Med 2001;345:1667-1675
6)Latini R et al. Circulation 2002;106:2454-2458
7)Cohn JN et al. Circulation 2003;108:1306-1309

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